自然と知恵の賜物「天然氷」を全国へ。伝統を守り進化し続ける、日光天然氷蔵元 松月氷室

明治27年創業の「松月氷室(しょうげつひむろ)」は、日本でわずか7つしかない貴重な天然氷の蔵元です。

天然氷とは、氷池(ひいけ)と呼ばれる氷を作るための池に沢の水を引き入れて、自然の環境下で凍らせて作る氷です。

松月氷室では、製造した天然氷を全国のかき氷屋さんや飲食店に販売しています。店舗では天然氷を使用したかき氷の販売も行っています。

今回は、日光天然氷蔵元 松月氷室の社長の吉新昌夫さんに、天然氷を作るまでの過程や自然と共存しながら仕事を続ける上での苦労についてお話を伺いました。

日光天然氷蔵元 松月氷室

担当者 吉新昌夫さん

社長

創業明治27年の歴史ある天然氷蔵元「松月氷室」

——「松月氷室」について教えていただけますか。

創業から今まで、家業として4代に渡って天然氷の製造販売を続けています。

天然氷を作るための氷池は、腰の高さほどの深さ。また、氷池は周りが石垣で囲まれています。これは全て人力で作られました。

当時、氷池を作るだけでも物凄い労力がかかっていただろうと思いますね。

昔の蔵出し作業。まさに職人仕事といった様子。

——かき氷の販売はいつから開始されたのでしょうか。

私が家業に入る41年ほど前は、日光や鬼怒川温泉などの地元の飲食店に天然氷を卸していました。取引先が地元に限られていたため、極めて小さな市場でした。

せっかく優れた素材である天然氷でしたが、安く販売していたため、当時は苦労が多い割に実入りが少なく、今にも倒れてしまいそうな零細企業。

そんな状況をなんとかしなければと思い、私の代でかき氷販売に注力するようになりました。自社生産の天然氷を少し加工してかき氷として販売すると、天然氷の状態で売るときよりも、価値が10倍ほどにも上がります。利益も当時と比べて約10倍になりました。

今では一年中天然氷が食べられる有名なかき氷屋さんに。

——天然氷と製氷機で作られる氷はどのように違うのでしょうか。

製氷機で作る一般的なキューブタイプの氷は、長くても1時間ほどで作れます。スーパーマーケットで見かけるような製氷工場で作る「純氷」でも48時間ほどです。

機械製氷の場合は、容器の縦、横、底面から冷やせるので短時間でできます。一方、天然氷は池で作るため冷却面は水面の1面のみ。

そうなると、氷の成長が極めて遅くなります。ゆっくりと固体化していくことで水分子の密度が高くなり、機械製氷の氷に比べて硬くて融けにくい氷ができるのです。

天然氷のかき氷は、口当たりが雪のようにふわふわとしています。それは、氷が融けにくいので極薄に削ることができるからなんですよ。

地元産のとちおとめと希少な白いちごのミルキーベリーを使用した「白い生いちごプレミアム(紅白)」
ライター
横上

口に入れた瞬間ふわっと融けてしまうほど、口当たりがやさしいかき氷でした。一般的なかき氷のようにジャリジャリとした感じはなく、スプーンで雪をすくっているようです。

シロップはこだわりの食材を使用し、全て店舗で作られた自家製品です。とちおとめの酸味に対してミルキーベリーは甘みが強く、バランスがちょうど良くとても美味しくいただきました。

天然氷がどのように作られたのかを知り、思いを馳せながら味わって頂くことで、より一層美味しく感じます。

地元産のとちおとめを使って自家製シロップを作る様子。

自然の中で大切に作られる天然氷

——松月氷室の天然氷の作り方を教えていただけますか。

うちは山の中に白沢池と芳ヶ沢池という2つの氷池を持っていて、そこに沢の水を引き入れて氷を作ります。

池に張った水を日光の冬の寒さを利用して、表面から少しずつ凍らせていきます。池の水は1日に約1cmずつ凍ります。氷の厚みは15cmほど必要なので最低でも15日は必要になるわけです。

毎年クリスマスの頃から氷の張り具合を見定めていき、順調にいくと年明けの1月中旬頃に1回目の切り出し作業を行います。

切り出し作業は気温に大きく左右されるので、一番寒くて天気の良い日に行います。

周りを石垣とコンクリートで囲まれている白沢池。長さは54メートルほどもある。

——「切り出し作業」とはどのようなものでしょうか。

氷の厚みが15cmほどに育ったら、機械で長方形の板状に均等に切り、その氷を専用の冷蔵庫に保管します。これを切り出し作業と呼んでいます。

朝方の暗いうちから作業を始めて、終わるのは夕方の16時ごろです。通常は、2日間かけて氷池に張った全ての氷の切り出し作業を行います。

氷は厚さが5cmを過ぎたくらいから、人が上に乗れるようになります。切り出しの日までは、氷上の埃や葉っぱ、雪を掃いてメンテナンスをしながら、厚さが15cmになるまで大切に育てていきます。

エンジンカッターを使って氷を真っ直ぐに切り出す様子。(引用:天然氷屋のオヤジ まさ Amebaブログ)

——氷を切った後はどうするのでしょうか。

切り出した氷を、鳶口(とびぐち)と呼ばれる道具を使って池の橋までゆっくりと流していき、1枚ずつ岸に引き上げ、フォークリフトに乗せ、専用の冷凍庫に運び入れます。

1枚の氷の重さは約60kgあり、1つの池で2700枚ほどもできるので、この作業は体力勝負ですね。

鳶口を使って氷を岸に引き上げる。割らないように慎重に。(引用:天然氷屋のオヤジ まさ Amebaブログ)
冷凍庫がいっぱいになるまで積まれ、出荷まで融けないよう保存される。(引用:天然氷屋のオヤジ まさ Amebaブログ)

自然がもたらすのは恵みだけではない。気長に‘時’を待つ

——切り出し作業までに雨や雪が降ってしまったらどうなるのでしょうか。

雨が降ってしまったら、それまでできていた氷を全て割って、また一からやり直しです。

埃などを含んだ雨水が緩んだ氷の隙間に入り込むと、天然氷の商品価値がなくなってしまいます。

雪の場合は、氷の上に人が乗れるほどの厚さであれば雪かきをして表面を掃除して、そこからまた氷作りを再開できます。もしも夜間に雪が降る天気予報であれば、徹夜覚悟で除雪作業をします。

まだ氷が薄いうちに雪が降ってしまうと、雨の時と同じように全て割ってやり直しになってしまいます。天然氷は自然の環境下で作って守り、さらに切り出し作業ができるまでの厚みに育てていかなくてはならないので、大変なのです。

氷池一面に張った氷に「ケ付け作業※」をしている様子。(引用:天然氷屋のオヤジ まさ Amebaブログ)※ケ付け作業:氷を切り取るための目安の線を付ける作業

——天気との戦いなのですね。氷作りにおいて今まで一番大変だったことはありますか。

4年ほど前に物凄い暖冬があったんですよ。その年は、氷が4cmほどに育ったなと思えば雨が降ってしまうという繰り返し。例年だと一番の切り出し時期である1月でも池の氷が全く凍らない….。

2月になって、ようやく待ちに待った寒気が訪れてくれて、やっと9cmの厚さの氷ができました。氷作りの時期は常に天気予報と睨めっこです。10日目からは春の陽気になるでしょう、と言うので理想の15cmは諦めて9cmで切り出しをすることに決めました。

自然の中での氷作りは、我々人間の予想通りにはいかないものです。自然の恵みは、神のみぞ知る未知の領域なのでね。

降雪に見舞われ箒で雪かき中。氷を割って一からやり直すよりも雪かきできるのは嬉しいこと。(引用:天然氷屋のオヤジ まさ Amebaブログ)

勝負の冬に向けて多くの準備が必要な天然氷作り

——氷を作らない時期はどのようなことをされているのでしょうか。

9月頃までは、氷の販売やかき氷の営業で忙しくしています。ひと段落したら、まずは池周辺の草刈りから、氷作りの準備を始めます。

次に、水を引き入れるパイプが割れていないかチェック、ろ過桝(ろかます)の石洗い、池の石垣の掃除をします。池底は田んぼと同じように、きめ細かい粘土質の土になっています。

田んぼと違う点は、池に入れるのがろ過済みの次亜塩素酸ナトリウム(塩素)で完全滅菌した水であること。粘土質の土は、水の浸透を防ぎ安定した貯水をするために欠かせません。

池の土を水と共に耕運機で攪拌し、舞い上がった土が沈殿するのを待ち、上澄みの濁った水を捨てます。攪拌しては水を捨てるというのを10回ほども繰り返すので、この作業だけで11月の1カ月を必要とします。こうすることで、原料である水が地中に無駄に漏れることなく、衛生的な池底になります。

初めの方は、水が濁り草の根などの不純物が浮いてきますが、終盤になるといくら掻き混ぜても水が濁らなくなり不純物もなくなります。

最後に、消毒のために池全体に消石灰を撒きます。アルカリ性の消石灰は酸性の土壌を中和してくれる役割も担っています。意外かもしれませんが、氷作りは「米作り」に似ているんですよ。

ろ過桝の中の石を洗っている様子。(引用:天然氷屋のオヤジ まさ Amebaブログ)

——氷を作らない時期の池は水を張ったままなのでしょうか。

水を抜いてしまうと雑草だらけになってしまい、水を張ったままだと水生生物や水草が増えて普通の池の状態になってしまいます。

これを両方解決する方法は、池の水の中に鯉を10匹ほど放し飼いにしておくことなんです。雑食の鯉は、池の底に生えた水草や虫などを食べてくれて自然と土壌を浄化してくれます。

我々は、創業からずっとこの方法を続けています。先代からの知恵ですね。余計な薬剤を一切使わずに、自然の力を上手に活用するのが結局一番良い方法だと思っています。

氷作りのシーズンは氷池近くにあるこの水槽で鯉を飼育している。

天然氷は自然の恵みと人の知恵が作り出す芸術品のよう

——天然氷作りには自然の力がとても重要であることが分かりました。吉新さんの考える氷作りに適した環境とは、どのようなものでしょうか。

氷池は辺りが木に囲まれています。冬の間は、氷池全体がちょうど山と木の影に隠れて太陽の光が当たりません。北西の方角には遮るものが何もなく、新潟からの乾いた冷たい風が吹き抜けていきます。

こうした環境は、天然氷作りにとても適しています。私は、よくこの土地を選んでくれたなあと祖先に感謝してますよ。

気象的な意味での理想的な条件は、冬の寒さが厳しく、雪が少ない地域であることです。氷を作るには、そこまで極端な寒さは必要ないのです。それよりも、雨や雪を避けられる方が重要です。

関東甲信越地方の山沿いは、雪が少なく冬の東北地方並みの寒さになるので、天然氷作りに適した地域です。実際に、現存している天然氷製造会社は、日光、秩父、軽井沢、北杜市のみなんですよ。

氷の向こうが透けて見えるほど透明度が高く美しい天然氷。

——それでは、天然氷作りに適した水源の条件はあるのでしょうか。

池に入れる前に水の質を整える作業をします。なので、水源の条件としては、水が豊富にあり人の立ち入りがなく綺麗な状態であることくらいで充分です。

水はまず、自作のろ過桝を通ります。大中小の大きさの石で作られた3層構造のろ過桝を通ると不純物が取り除かれます。

その後、塩素を注入して滅菌し綺麗な状態に整えられた水を池の中に入れていきます。塩素は自然に揮発するので天然氷になる頃にはほとんど含まれていませんよ。

三層構造のろ過桝により不純物を取り除く。

変わらぬものと変わりゆくもの

——今では天然氷で作るかき氷は全国的に知名度があると思います。天然氷製造販売業は昔から順調だったのでしょうか。

私が親から引き継いだ頃、かき氷業界は今ほど活性化していませんでした。販売先のほとんどが、地元の観光地、宿泊施設、飲食店、生鮮食品製造などで、かき氷ではない用途に使われていました。

しかも、自然の寒さで凍らせる天然氷はコストが掛からないということで、製氷機の氷よりも安価でした。なので、従業員も雇えず家族だけで細々と経営していました。

私の代になってからは、このままでは手間と苦労ばかり多く利益に繋がらないと思い、色々と変化させてきました。

出荷用の大きさに氷を切り出す様子。昔は手挽き鋸で作業をしていた。

——具体的には、どのように変化させてきたのでしょうか。

物を冷やす目的だけで使うのは、天然氷の良さを生かし切れておらず、もったいないのです。天然氷そのものを味わってもらうために、氷の供給先を全国の「かき氷業界」に切り替えました。

かき氷は子供の食べ物であるというイメージから、大人でも十分楽しめる一級のスイーツであることを全国各地に広めて、その最高の素材として天然氷が認められるように活動してきました。今では「天然氷は高級品である」と、その価値を認知してもらえるようになったと思います。

また、これまでは氷を氷室に保管していましたが、夏までには3分の1まで融けてしまっていました。それでは効率が悪いので、5年前に専用の冷凍庫を導入しました。

氷が全く融けなくなったので、これまでより労力がだいぶ減りました。

5年前まで使われていた氷室。夏には融けて3分の1の量になっていた。
冷凍庫を導入したことで、出荷まで氷を融かさない。

多くの方に届けるために。伝統を守り育てていく

——最後に、「松月氷室」の今後の展望や想いを教えてください。

「松月さんのかき氷を食べて感動したんです」と言ってくれるお客さんは多くいらっしゃいます。そのような声は、非常に嬉しいものです。未だに天然氷の存在をご存じない方もいらっしゃると思うので、できるだけ多くの方に知ってもらいたいですね。

かき氷業界にも、更なる発展に寄与したいと思っています。日本の素晴らしい四季の恵みを享受した天然氷は、日本で消費されることが理想的だと考えています。

日本に行かなければ食べられないという希少性があれば、海外からのお客様の来日にも貢献できると思います。

今では、私の次の代になっても心配ないくらいに若手が育ってきています。古い伝統と技術が、現代の利器と融合することで、天然氷の文化はこれからも守られ継承されていくことでしょう。

日光天然氷 蔵元 有限会社 松月氷室

〒321-1261 栃木県日光市今市379
TEL:0288-21-0162
FAX:0288-22-6386

この記事の執筆者

横上 菜月

製薬関連企業で働きながら、旅と取材ライターをライフワークとして活動中。

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