関西大学 経済学部 良永 康平 教授のゼミでは「環境について実践的に学びたい」という意欲的な学生の方が毎年集まってきます。
「関大のお父さん」と呼ばれている、と笑う良永教授。元々は統計学を教えていましたが、2000年ごろを境にゼミのテーマを「環境」に変えたそうです。その理由や経緯と、こちらのゼミの魅力について、 良永教授とゼミ生3名の方にお話を伺いました。
関西大学 経済学部
良永 康平 教授
福岡県久留米市出身。一橋大学経済学部・同大学院研究科卒業。研究分野は経済統計学、環境学。ゼミでは主に環境問題をテーマとする。
きっかけは、ヨーロッパで受けたカルチャーショック
──では、最初に教授の方から自己紹介をお願いいたします。
関西大学 経済学部 良永 康平 教授(以下、良永教授)私は福岡県久留米市出身です。関西は35年ぐらいになるので、今のところ1番長く住んでいるのは関西です。食文化にもすぐ慣れることができ、 非常に居心地がいいと感じています。
もともとは、GDPなどを扱う経済統計を研究する統計学者として関西大学に来ました。ゼミでも経済統計学を教えていましたが、95年にドイツ・スイスに留学した際にカルチャーショックを受けたことで、ゼミのテーマを「環境」に大きく方向転換することにしました。もう今年で24年目を迎えます。
良永ゼミ ゼミ生の皆さん(以下、ゼミ生の皆さん)私たちは、ゼミでは「水」をテーマにしている「水班」に所属しています。本日はよろしくお願いします。
──よろしくお願いします。早速ですが、教授がドイツ・スイスでカルチャーショックを受けたことについて詳しく教えていただけますか。
良永教授 市民も企業も「環境」を非常に重視していたことですね。ドイツ語で「環境に優しい」という意味の言葉である ”Umweltfreundlich” をあちこちで目にするし、耳にするんです。日本ではそういう経験をしたことがなかったので「やはりヨーロッパは何もかも最新的ですごい」と感じました。
一方、帰国すると日本では環境の「か」の字もないというような状況でした。そのころは関西大学でも環境を学べるものはほとんどなかったため、思い切ってゼミのテーマから変えることにしました。
他にも、当時の日本ではまだ広まっていなかったことを、ヨーロッパではいち早く始めていましたね。例えば、当時スーパーで売られているヨーグルトは大抵ビンに入っていました。食べ終えた後の空のビンは、スーパーの窓口やベルトコンベアのような機械で回収するところに入れると、10、20マルクがポーンと返ってくるんです。
それを見て「これは便利だ。ビンも使い捨てなくていいんだ」と驚きました。当時の日本は「どんどん使って、どんどん捨てる」みたいな時代でしたから。
良永教授 また、ヨーロッパではごみの有料制度が当たり前のように取り入れられていましたし、野菜や果物は基本的に計り売り。必要な分を取り、重量を量ると価格のシールが出てくるので、そのシールを貼ってレジに行くんです。日本のように、一つずつ食品トレーの上に乗せてラップをして、といった売り方はしていないんですよね。
私が滞在していたのは南ドイツのコンスタンツという町でしたが、みんな買い物かごを持っていました。レジ袋なんて最初から無かったと思います。その文化に慣れると、日本の「レジ袋をたくさんもらって捨てる」ことなどにも違和感を覚えるようになりました。
──それは、当時の教授にとって環境を大切にするヨーロッパの文化の方が心地よく感じた、ということでしょうか。
良永教授 そうですね。「なぜ日本でもやらないんだろう」と思いました。日本も、江戸時代などでは有機的なリサイクルや循環のシステムができていて、環境を重視しない社会ではなかったはずなのです。それが、おそらく高度成長期のあたりから大きく変わってしまいました。ヨーロッパや海外へ行くと、そういうことをもう一度見つめ直すきっかけにもなりますね。
──そのご経験がゼミのテーマを大きく変えることになったのですね。
良永教授 はい。ゼミは環境一色ですが、もちろん授業では統計学も教えています。 個人の研究としても、統計学と環境、両方の論文を書いています。
統計学の力、教育において大切にしていること
──統計学を用いて環境問題を捉えることの利点はなんでしょうか。
良永教授 「物事を総合的に見ることができる」ということです。例えばEV(電気自動車)は、走る時は二酸化炭素を出さないが、走るための電気はどうやって作ったのかということまで考えないといけない。また、EVは製造の段階ではガソリン車と比べて環境への負荷が大きいとも言われているので、本当に環境に優しいものなのかどうかはそういったことを合算した上で総合的に判断する必要があります。
また、私が大切にしている考え方の一つに「ライフサイクルアセスメント」というものがあるのですが、製品などを「使っている時」のことだけではなく、「作る(段階の)時から捨てる時まで」のことを考えて作るという考え方です。まさに 「ゆりかごから墓場まで」ですね。それを実践するにはやはり統計を用いないとどうしようもない。それがまさに統計学の力だと思います。
──ゼミでも、統計学を用いて環境問題を学ぶのでしょうか?
良永教授 いえ、ゼミは統計学は関係なく環境問題に関心のある学生が集まって学んでいます。むしろ、統計学の授業を取っていない学生も多くいますよ。
ちなみに、私はドイツの大学に短期留学していた時期があるのですが、そちらでの授業があまりにも日本と全然違うので、驚いたという経験があります。具体的には、日本のような「知識の伝授」だけの授業は一切しないのです。
知識は「自分で本を読んでつけるもの」であって、授業は主にディスカッション。ガムをくちゃくちゃ噛んでいるような学生が、授業では唾を飛ばしながらすごい議論を展開するのです。そして、教授はそれに対していい点数を与える。
そういう光景を目の当たりにして「これは、言われたことを鵜呑みにして良い点を取って喜んでいる日本の学生とは全然違うな」と思いました。そのため、私のゼミでは「知識を使って自ら思考・判断して、それをプレゼンできる力を育む」ということや「自分1人だけではなく、周りの人たちとどうしたらいいかを考える」といった点を重視しています。
・エネルギー、温暖化問題
・ごみ、廃棄物、リサイクル問題
・里山と生物多様性
・日本の食と農業の問題点
例)「ペロブスカイト太陽光発電の可能性」、「蜂群崩壊と生物多様性」、「関西のごみと関大のごみ」、「AI農業普及のために」、「森林環境税の内容とその実際・問題点」「マイクロ水力発電の可能性」など。
高知県、長野県、北海道にゼミ生を派遣し、聞き込み調査・現場の見聞を行なっている。過去には、ダムや浄水場等の見学、農家で農業体験なども実施。
学内では、学園祭時の模擬店で使う使い捨ての皿を削減するためにエコトレイを提案したり、マイボトル用のウォータースタンドの設置・増設などの活動を行なっている。
近年の活動実績、ゼミでのサポート体制や温かい交流
──ゼミを卒業された方の就職先はどういったところが多いのでしょうか?
良永教授 プラスチックの会社や、純水を作る会社など環境系の会社に就く人もいますが、必ずしも環境関連の会社ばかりではありません。 圧倒的に多いのは民間企業です。銀行・メーカー・旅行業・ITなどさまざまで、あまり偏りがなくなってきているように感じますね。
──そうなのですね。ゼミで培った力は、どんな就職先でもきっと役に立つのではないでしょうか。
良永教授 そうですね。自分から進んで環境問題に積極的に関わり、自分たちで考えて何かを作り上げることができる力を発揮している学生も多くいます。
先日もその学生たちが、関西大学の梅田キャンパスで大人数を前に「水」をテーマにしたプレゼンをしたのですが、私の目から見てもすごく良い内容でした。独自性があり、ある意味国への提言にもなっている。本当に、 最高のゼミ生だと思います。
高知県の四万十川のかさの減少が原因で、特産物などが採れなくなってきている現状があり、解決策の一つである水源涵養機能(山・森林が水資源を蓄え育み、守る働き)を高めるために、2024年度から始まる「森林環境税」を適切に使うことについて取り上げた。
その運用過程にある「自治体が資金を適切に無駄なく使う仕組みが整っていない」という問題に対し、良永ゼミの水班は「モニタリングと評価制度の導入」を提案した。
──すばらしい内容ですね。また、良永ゼミは吹田市から2017年に環境表彰を受けているともお聞きしました。
良永教授 2007年から、吹田市が市民に環境問題を発信するために作成・配布しているエコプレス(当初年4回、1回8ページ程度)や、環境NGOの人たちと作成するエコレターの編集に全面協力しているんです。私はコーディネートのみで他は全て学生が制作しており、これまで発行した部数は既に60を超えています。
内容としては、本・映画などの作品を環境という切り口で捉えたり、実際に現場や施設を見学した際のレポートをしたりといったものです。これらは会員向けの紙媒体として発行されていますが、吹田市のHPでも閲覧できます。
──ゼミ生の皆さんにお聞きします。良永ゼミや教授の元で学んで良かったことなどについて教えていただけますか?
教授からのサポートが厚いのでとても助かります。学生が「こういうことを研究したい」という意思を示すと、教授は「こういうものがあるよ」と丁寧に教えてくれますし、「研究室にもいつでも来ていいよ」と声をかけてくれます。こちらがやる気さえあれば、どこまでもできる環境です。そういったところに魅力を感じます。
しかも、答えをそのまま教えるのではなく、自分たちが思い悩んでしまった時にさりげなく助言をしてくれます。
私は地方出身なので、以前は同級生も少なく人と関わる機会があまりなかったのですが、ゼミでは同級生たちと一緒に活動できるのでとても楽しいです。そういった「他人と密接に関われる環境」にとてもありがたみを感じています。
ゼミ生・Nさん ちなみに、教授は1人暮らしの学生にもとても優しいんです。「研究室に行ってお菓子を食べてもいいよ」とか「余ったら持って帰っていいよ」などと言ってくれたりします。
──故郷から遠く離れても、ほっとできる場所があるのはありがたいですね。教授は学生の皆さんにとって、ある意味保護者のような存在なのでしょうか。
良永教授 そうですね。「関大のお父さん」とも呼ばれてますから(笑)。地方から出てこられているお子さんたちを預かっている、という感覚はありますね。関西大学には下宿生たちによる「地方出身者の会」というものが昔からあり、冬には鍋パーティーをしたりするなど、日ごろから楽しく交流をしているようです。
私にも娘がいますが、学生たちはもう自分の娘よりもずっと若い世代の人たちです。無事に社会に出て行ってほしいな、と思いますね。
これから取り組みたい環境問題のテーマについて
──これから教授が取り組んでみたいテーマなどはありますか?
良永教授 私は、基本的には学生がやりたいことをサポートする位置にいるのですが、個人的に取り組んでみたいと考えていることはたくさんあります。
例えば、電気自動車の可能性などカーボンニュートラルに関することや、エネルギー問題など。また、ヨーロッパのように「有機農業をどこまで広げられるか」といった食の問題。そして「森は海の恋人」といった水の循環に関することなどに関心がありますね。
宮城県気仙沼市を活動拠点とするNPO法人「森は海の恋人」代表である 畠山 重篤 さんが提唱する「山と海はつながっている」という考え方。具体的には、栄養素の豊富な牡蠣を育てるには海の環境だけに目を向けるのではなく、海に流れ込む水を蓄える山の環境から整えることが大切であるということ(畠山さんはもともと牡蠣養殖の漁業家)。そのために、気仙沼の山に落葉広葉樹の森をつくる活動を始めたことを起点とする。現在は環境教育、森づくり、自然環境保全の3分野の事業を展開する団体として活動している。
参考URL:https://mori-umi.org(NPO法人 森は海の恋人HP)
──今後こういった問題に取り組みたいと考えている方は、ぜひ良永ゼミのもとで学ばれてほしいと思います。本日はありがとうございました!
関西大学 経済学部 経済学科 経済政策コース
良永 康平 教授・ゼミ
〒564-8680 大阪府吹田市山手町3丁目3番35号
TEL:06-6368-1121 (大代表)