㈱味香り戦略研究所は、食品の「味」を数値化する手法を使い、食にまつわるコンテンツ、マーケティングやコンサルティングサービスを提供しています。
主観的な「食感性」「おいしさ」に科学的な視点を導入し、味覚データをもとに食品に関する社会課題の解決に貢献しています。
今回は活動内容について、同研究所の経営企画室室長の中満夏樹さんと、経営企画室チーフデザイナーの植田由佳さんに話をうかがいました。
味香り戦略研究所
中満 夏樹さん
経営企画室 室長
味香り戦略研究所
植田 由佳さん
経営企画室 チームデザイナー
「食品の味」を数値化し、マーケティングを展開
――まず味香り戦略研究所の歴史と概要から教えてください。
中満夏樹さん(以下、中満さん) 「食品の味」を数値し、味をわかりやすく表現する手法を用いて、コンテンツやコンサルティングなどを提供しています。
また、これまで蓄積してきた分析データを活用して多様なサービスを提供しています。
味のデータを商品開発や品質管理、トレンド解析などマーケティング領域に生かしていただくほか、独自に嗜好性調査ツールを開発し個人へのレコメンド※に利用可能とするなど、新分野開拓にも挑戦しています。
※レコメンド・・・おススメを意味します。
クライアントは、食品メーカー、食品卸売業、小売業、地方自治体など多岐にわたり、本研究所も 2023年9月で創業20周年を迎えます。
元々は札幌に本社がある印刷工場としてスタートしました。スーパーなどの小売業向けにチラシなどを印刷する業務が多いなか、チラシに載せる情報としてはほとんどが「商品の写真」「価格」などです。
「このほかに、食品に関する有意義な情報を載せられないか」というアイディアを練ることも日頃の課題でした。
また、印刷業ではありながら社内ベンチャーとして新規事業を作り出していきたいという思いもありました。
そんなときに、「味覚センサー」という電子機器の研究開発をされている九州大学の先生と出会い、後にこの機械を使った事業を行うことになりました。
ですので、我々は「味覚センサー」の開発ではなく、機械を使ったアウトプットとしてのサービスを提供することになりました。
印刷を本業とする販促支援事業の中で、チラシに商品と価格に加えて、消費者が目を向くような情報を提供することが本研究所のスタートでした。
味のデータには多様な業界が関心を持つ
――どのようなセミナーを開催されていますか。
中満さん 本研究所が企画を立案し、月に1回程度、誰でも参加できるセミナーを開催しています。
セミナーを受ける方は食品業界に限定されず、商社、各種研究機関、リサーチ会社、自治体などさまざまな業界からご参加いただいています。
植田由佳さん(以下、植田さん) 味の分析が最初のスタートでしたが、20年間実績を積み重ねていく中で、いまは匂いや食感などのデータを収集しはじめています。
直近では、味のデータをもとに食品全体のトレンドのお話や科学的な根拠を活用した味の組み合わせというテーマでもセミナーの依頼を受けています。
特に大きな反響をいただいたのは食トレンド分析、フードペアリングをテーマにしたセミナーです。
食品業界の方はセミナー内容を直接的に活用していただけるかと思いますが、ほかにも食品とは関連がなさそうな企業からもご参加いただくことがあり、広く関心をお寄せいただいています。
植物性代替商品の研究が話題に
――いろいろと独自研究もなされていますが、どのような内容に反響がありますか。
中満さん 本研究所では、さまざまな独自研究をしています。
たとえば、解禁日にあわせたボジョレーヌーボーの代表製品の味覚分析は毎年好評です。
2022年のボジョレーヌーボーも分析しました。味わいとしては2008年のものに近いバランスでした。(レーダーチャート参照)
毎年分析を行っているため、過去データとの比較を可能にしています。
これまでの独自研究の中でも大きな反響があったのは、植物性代替食品を分析したレポートです。
2020年8月に本研究所保有の味覚データや食感分析値から、植物性代替食品の特徴を動物性食品との比較で検証し、その違いから植物性の食品のポジショニング※を見出す研究を発表しました。
※ポジショニング・・・位置づけを意味します。
たとえば、牛乳と植物性ミルクの味分析結果を比較してどのような特徴があるのか、味わいを数値やグラフで見ることができます。普段口にする食品も、分析データを見ると新たな発見があります。
現在、独自研究レポートは本研究所のHPに1年に数本、発表しています。
このほか、会員制レポートサービスとして月に2本、定期的に分析レポートを配信するサービスもあります。レポート対象はお酒、飲料、加工食品、その他に分けられ、幅広い食品の分析レポートを配信しており、会員登録は無料でしていただけます。
ミネラルウォーターは水源により味は異なる
――独自研究といえば先日、水に関する研究成果も発表されましたね。
中満さん 今回、コロナ禍で低迷していたと言われる飲料市場でも伸び続けていた、お水に注目しました。
各社のミネラルウォーターの味わいと、お水が及ぼす料理などへの影響について、味覚分析したのが今回の研究内容です。
植田さん 本研究所が味のデータを蓄積していく中で、研究員の中でも地域による味の違いには、お水の影響があるのではないかとの実感がありました。
そこで最近、「ミネラルウォーター」でも採水地を表示することがトレンドになっていますから、分析してその違いを探ってみることにしました。
「ミネラルウォーター」は、硬度によって味わいが異なることが知られていますが、分析の結果、同じ国内産軟水でも飲みごたえとミネラル感に幅があることがわかりました。
今回、「ミネラルウォーター」でのミネラル感と飲みごたえの図を作成しています。
たとえば「ファミリーマート宮崎県霧島の天然水(中硬水)」は、国内産でもミネラル感と飲みごたえが強く、また「富士」「富士山」とうたった商品は似ている味わいと考えられます。
つまり、お水の味わいは硬度のほかに水源が影響を与え、分析の結果からも、味わいに幅があることがわかりました。
「サントリー天然水(南アルプス)」は、グラフの中心点に近いことから全体の味のバランスが取れた商品であると考えられます。
本研究所はさまざまな食品を分析していますが、どのカテゴリーにおいてもロングセラー商品は、グラフ中心に位置する傾向があります。
つまり、バランスの取れた商品は広い層に支持されやすい味わいとなる可能性があります。
中満さん 今回のダシの検証であれば、軟水はコクが際立つ全体的に控えめな味わいです。硬水は味の濃さが特徴的といえます。
双方を比べた場合に、パンチを出したいのであれば硬水がおすすめということです。
日本の家庭でも、お鍋にさまざまな「ミネラルウォーター」を使うことで味わいの違いが出るかもしれません。
同じ「コシヒカリ」でも地域によって味わいに差が
――おコメやお酒でもお水により違いがありそうですね。
植田さん 実は本研究所は保有している「コシヒカリ」の味データをもとに地域ごとの味バランスも分析しております。
そこで図でも提示していますが、大きく3タイプに分類しました。
福島と新潟コシヒカリである赤色グラフは、「コク・厚み」「味の濃さ」「後味」が特徴です。
全体的なグラフのバランスも大きく、おコメらしさをしっかりと感じられる味わいとなっています。
このタイプは、日本穀物検定協会による特Aランク米などランク上位品であることが多いのです。
次に、千葉と三重のコシヒカリである黄色グラフは、「深み」「後味」が強く、味わいの余韻(よいん)が広がります。
最後の滋賀・兵庫コシヒカリである青色グラフは、「うま味」や「余韻」が特徴的な味わいだと考えられます。
つまり、おコメの銘柄が同じでも味わいは異なり、そのタイプは地方ごとにわかれました。お水、土壌や気候などが影響し、産地ごとに特徴が表れた結果となったのです。
食品におけるお水の役割は大きい
――商品におけるお水の役割は大きいですね。
中満さん お水は、日常ではその存在が当たり前すぎて、味を意識される機会が少ないかと思います。
しかし今回の分析ではそれぞれ味わいに差があり、個性が出ていることがわかりました。
さらに、お水の違いが料理の味わいに影響を及ぼすこともわかりました。つまり、食品にどんなお水を使っても変わりはないというのは誤解です。
やはり用途にあわせてお水を厳選して使うことが望ましいのです。また、お水を選ぶ楽しさも生まれてきます。
地方自治体、地方の酒造会社との共同で商品開発
――商品開発のサポートも行っているようですね。
中満さん データを活用した商品開発支援を行っています。市場商品のデータを分析し、コンセプト設計やターゲット像の把握などに活用していただけます。
実際に、本研究所、北海道・厚岸町と紅櫻蒸溜所(べにざくらじょうりゅうじょ)の3者が共同で、自然の恵みを活かした海と大地のクラフトジン「9148 #1040 AKKESHI 2021」を2021年12月に限定発売しました。
これは本研究所がレシピ提案し、厚岸町は原材料をご提供され、紅櫻蒸溜所が製造を担当しました。
今回、本研究所に所属する主席研究員 髙橋貴洋がレシピ提案をさせていただきました。
本研究所に入る前から味に興味を持っていたそうで、味に限らずにおいや食感、舌のはたらきといった「おいしさ」に関わる幅広く深い知識と、探究心を持っています。
所内でも大いに頼りにされる髙橋ですが、その人柄のおかげか普段からさまざまな内容をご相談としてお寄せいただくことも多く、今回はクラフトジンという商品の形にすることができました。
伊藤忠との提携で食の商品開発をサポート
――伊藤忠商事㈱との提携もありますが。
中満さん はい。伊藤忠商事とソフトウェア開発を手掛けるウイングアーク1stと提携し、食の商品企画・開発領域におけるDX支援サービス「FOODATA(フーデータ)」を2021年7月に提供開始しました。
FOODATAでは食品の商品開発にまつわる多様なデータ、たとえば食品の味や原材料、市場構成データ、消費者データなどを一か所で視覚的に見ることができます。
これまで担当者の「勘と経験」に頼っていた商品開発にデータのエビデンスがあることで、高速化・効率化をはかるツールです。
本研究所は主に味や食品に関するデータを提供しています。
成果としては、これまでは商品開発者がひとつひとつピックアップして集めていた情報が一か所に集められ、効率よく情報にアクセスできるようになりました。
次に感覚や経験で語る内容は、データがないことから、たとえ同じ商品開発に取り組む社内であっても共通言語で語り合えないという問題もあったのです。
たとえば、味について、「少し酸味を強くしたい」と社内で要望があった場合の「少し」の程度は、人により認識がばらついてしまいます。
しかし「FOODATA」では味もデータ化されており、視覚的に味わいのバランスがわかりますから、データをもって認識を一致させることが容易になります。
「人の好み」に注視し、「見える化」をしたい
――研究所の今後の方向性は。
中満さん 創立以来、20年近く味の分析データの蓄積を続けてまいりましたが、味のデータ化・見える化については、近年注目が集まっていると感じています。
今後はもっと一般消費者向けに味データを活用して、生活シーンでのお手伝いもしていきたい。
これまでの「商品側」のデータばかりではなく、これからは「人の好み」にも注視し、「見える化」をしたいと考えています。
これまでに培った味データと、「人側」のデータを複合しマッチさせたいですね。
いずれは世界共通の味の物差しづくりにもチャレンジしたい。こういったことを今後の課題としながら、さらに「味」「香り」を研究し、サービスを提供していきたいと思っています。
味香り戦略研究所
〒104-0033 東京都中央区新川1-17-24 NMF茅場町ビル8F
TEL:03-5542-3850
FAX:03-5542-3853