「自然」から人の心が離れていっている?解決のヒントを「環境社会学」から探ってみよう【名古屋市立大学・大学院人間文化研究科】

人と自然が共に生きるためにはどうしたらいいのか?それを「環境社会学」という立場から、フィールドワークを通して地道に探っている人たちがいます。

今回、名古屋市立大学 大学院 人間文化研究科 講師・馬渡 玲欧(まわたり れお) 先生にお話を伺いました。

名古屋市立大学 大学院 人間文化研究科

講師 馬渡 玲欧 先生

専門分野は環境社会学、社会学史。香川県豊島の産業廃棄物処分地の原状回復、中京圏の水環境ガバナンス、都市と環境の社会理論、初期フランクフルト学派(ヘルベルト・マルクーゼ)の社会理論について研究を行っている。東京外国語大学卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科で社会学を学び、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2022年4月より名古屋市立大学大学院・人間文化研究科講師として着任。

「社会調査実習」ってどんなことがわかるの?

──環境社会学は「自然環境、特に環境問題と人間社会との関わり」を分析する学問というイメージがあります。具体的にはどのようなことをするのですか?

名古屋市立大学 講師・馬渡 玲欧 様(以下、馬渡先生)私は今大学で、環境社会学の講義と「社会調査実習」などを担当しています。この「社会調査実習」は、環境社会学のテーマを深く考える際にとても有効となるアプローチの一つです。

本学では毎年、中京圏の様々な社会問題の現状と課題について明らかにするべく、各担当教員の指導のもと社会調査実習を実施しています。

基本的に行うのは、フィールドワーク・参与観察(※)・インタビュー調査などです。夏の休暇期間を利用してフィールドワークやインタビュー調査を行うので、春から夏にかけての期間はその準備に充てます。

「参与観察」とは?

研究対象となる組織、集団、地域のなかで働いたり生活したりしている人々に混ざり、そこで起きている会話などの自然な相互作用を観察し、記録する調査方法。

(参考:岸政彦・石岡丈昇・丸山里美,2016,『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』有斐閣,pp.16-17)

馬渡先生 具体的に説明すると、学期のはじめにおおまかな年度の方針を示し、前年度の報告書を読むこと。調査地を決めること。調査地に関連する基礎情報や資料(統計、新聞記事、関連する他の書籍、研究論文)を集めること。集めた情報と資料を整理することなどです。

そして、その作業のなかで考えたいこと・知りたいこと・問いを設定します。こういった基本的な作業や事前調査を重ねて、本調査に向けて準備をしていきます。

岐阜県から愛知県にかけて流れる庄内川。2022年は周辺でフィールドワークを実施した。

馬渡先生 準備を踏まえて、問いと関連する重要な団体や個人に主にインタビュー調査を行います。そのためにはまず調査先にアポイントメントを取り、事前調査を踏まえた上で質問事項を送ってからインタビューに臨みます。必要に応じて、調査地周辺を案内してもらうこともありますね。

どうしても時間の都合上、夏の長期休暇にならないと遠方での現地調査に入ることが難しい事情もあるので、猛暑下での実習の時は、学生の健康状態にも配慮しながら進めています。

授業の一環として調査先にご協力をいただきながら実習を進めているので、フィールドワークといっても、あくまで授業の範囲内でできる限りのことのみになります。調査では「調査先の妨げにならないようにメモを取る、写真を撮る」「メモについてはなるべくその日のうちに清書する」など、基本的な記録の残し方を実践しています。

馬渡先生

また、継続的に調査先にお世話になるなかで、少しずつ調査先の方々と信頼関係を結ぶことができるよう、イベントやボランティア活動への参加など、できる範囲で協力をしています。

「自然」への関心は減ってきている?

──2022年度の報告書では「市民の水環境に対する関心・無関心」について書かれていますが、具体的にどういうことなのでしょうか?

馬渡先生 2022年度の聞き取りにおいて、ある市民団体の方のお話が印象に残っています。

馬渡先生

「主催する川遊びイベントには多くの親子が参加してくれたけれど、そこからなかなか自分の地域の水環境のことまでには発展していかず、イベントに参加するだけで終わってしまう自分たちが住む地域でも、イベントで味わった水環境を楽しむ体験を同じように企画して実施する取り組みが広がっていけばいいのに…」と歯がゆい思いを打ち明けてくださいました。

お話しいただいた方の言葉を借りるなら、これもまた自然環境そのものから「人間の心が離れている」状況を表現しているのではないでしょうか。

逆に、こういったイベントをうまく利用して人々の関心を集めることに成功している例もあります。

各務原木曽川かわまちづくり会の例を取り上げると、同会では近隣の国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センターと協力して、小学生とその保護者(親子)を対象とした「おさかな観察会」などのイベントを定期的に開催しています。

イベントに参加すると、五感を通じて直接自然を感じることができ、さらに専門家の助けも借りながら正しい知識を身につけることができるようです。

「おさかな観察会」の様子。【写真提供:岩田紀正様(各務原木曽川かわまちづくり会)】

馬渡先生 このイベントへの参加によって期待できることとして、

  • 地域の自然環境への愛着がわき、環境保全に関心を持てるようになる。
  • 地元の良さを認識することによって、将来のUターン就職率を高める。
  • Uターンの際には「地元の良さ」を発信する立場を担えるようになる。
  • 専門家との連携によって、研究等の将来の進路選択にもつながる。

こういったことも念頭に置いているようです。今後も引き続き、同会の活動がどのように若年層の意識や行動に影響を与えているのか、私も考えてみたいと思っています。

「水環境ガバナンス」をうまく機能させるには?

──おもしろい調査結果ですね。継続して自然環境に関心を持ってもらえるようにするには、どんな工夫が必要になってくるのでしょうか?

馬渡先生 各務原木曽川かわまちづくり会の例のように、イベントだけで終わってしまわないような、広い意味での地域づくりを射程に入れた取り組みが必要だということがわかります。

「イベントだけで終わってしまう」と話していた団体の例も踏まえて考えると、おそらく「地域に愛着を持てるかどうか」ということが、地域に住む人たちがその地域の自然環境に関心を持つかどうかに深く関わってくることだということでしょうね。

馬渡先生

「こうすれば良い」ということは簡単には言えませんが、ここでおもしろい例を一つ取り上げてみましょう。

岡崎市鳥川の「ホタルの里湧水群」では、廃校した小学校(鳥川小学校)の建物が「岡崎市ホタル学校」として活用されています。もともとこちらの地域では、1978年以来、地域の人々が鳥川小学校を中心に、ホタルを守るための自然保護活動を主体的に実施していました。

2012年4月以降、岡崎市は閉校跡地を活用して「岡崎市ホタル学校」という、市のホタル保護活動・環境学習の拠点を作るという形でそれをサポートしています。

また、「鳥川ホタル保存会」という地域住民団体などが、そこを拠点として様々なイベント(「ホタルまつり」)の運営や、ホタル生息地である河川、登山道の整備などを実施しています。

岡崎市ホタル学校
馬渡先生

このように、行政・地域住民・市民団体・企業などが連携すること、つまり適切な「水環境ガバナンス」を機能させていくことが重要です。

水環境ガバナンス

「水環境ガバナンス」とは、社会のなかで様々なアクター(住民、市民、市民団体、行政など)が川を中心とした水環境の利用・維持・管理を連携して行う政策のあり方を指す。
特に1990年代以降の経済のグローバル化や環境問題、自然災害の拡大のなかで、水環境の利用や管理に関する政府や行政の政策に、いかに市民や市民団体が参加し連携するか、あるいは時に対立するか、あるいは時に対立するか、アクター間の相互作用に即して、事例研究が積み重ねられている。
(参考:帯谷博明,2021,『水環境ガバナンス――開発・災害・市民参加』昭和堂,pp.188-189)

馬渡先生 そのためには、地域内・外の人々をつなぐ文字通りの「地域拠点」が重要だと感じました。というのも、「岡崎市ホタル学校」はホタル保護活動の拠点となっているだけでなく、地域外からの人々を出迎えてくれる場所として機能している側面も持っているからです。

このように、広域にまたがる都市河川のような水環境ガバナンスをめぐる連携において、こういった地域拠点がどうやったら上手く成り立つことができるのか。この例の中にも、そのヒントがあると思います。今後の調査の課題として引き続き考えていきたいです。

研究に興味をもったきっかけ、現在研究していること

──先生が元々こういった分野に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

馬渡先生 私は瀬戸内海に面した広島県福山市の出身です。そのことが影響しているかもしれません。福山市には芦田川という河川が流れていて、中国地方の一級河川の水質ワースト1位を1972年から38年連続で記録したことで知られています。近年では水質が大きく改善されているようですが。

芦田川(広島県福山市)

馬渡先生 また、港町である鞆(とも)の浦では、道路建設と鞆港の保存問題が起きていました(※1)。JFEスチール西日本製鉄所のある福山市は、かつて1970年代後半と1980年代末の2度に渡って、工業都市に変わっていく過程で、地域社会学の調査地となったこともありましたしね(※2)。

そういった様々な社会問題や地域環境問題がすぐ側にある地域社会で育ったことで、そのような地域社会の成り立ち、構造や行く末について考えてみたいという意識が芽生えていたのかもしれないと思います。

  • 参考 ※1)森久聡,2016,『〈鞆の浦〉の歴史保存とまちづくり――環境と記憶のローカル・ポリティクス』新曜社.
  • 参考 ※2)蓮見音彦編,1983,『地方自治体と市民生活』東京大学出版会.
鞆の浦(広島県福山市)

馬渡先生 修士・博士課程では社会学の学説史研究を行い、博士課程在籍中は「科学技術インタープリター養成プログラム」という副専攻に在籍していました。

その時、プログラムの研修で香川県豊島を訪れたことがありました。それをきっかけに、香川県豊島の産業廃棄物不法投棄問題に関する調査に取り組むようになったんです。豊島で開催された産廃問題に関する学術交流会や、環境教育のイベントに参加するなか、懇親の場で「島のためになることを考えてほしい」と声をかけられたことが強く心に残っており、現在も引き続き、その廃棄物処分地の「原状回復」の行方について調べ続けています。

香川県豊島に掲げられている看板

馬渡先生 処分地の近隣ではハマチ養殖を営んでいた方が廃業することになるなど、地域住民の生活にも多くの被害をもたらしました。いわゆる風評被害や、処分地からの有害汚染物質の流出などが主な原因です。処分地の地下水の浄化対策は、産廃が撤去された現在も続いています。

「原状回復」はどのように構想されているのか、その際にヒントとなると考えているのが「瀬戸内海国立公園」の存在です。2000年6月6日成立した公害調停で合意された調停条項の前文には、こう書いてあります。

当委員会は、この調停条項に定めるところが迅速かつ誠実に実行され、その結果、豊島が瀬戸内海国立公園という美しい自然の中でこれに相応しい姿を現すことを切望する。

引用元:香川県HP「調停条項」より

馬渡先生 私が豊島を初めて訪れた2016年の頃、産廃処理について住民代表や香川県行政と話し合う協議会の場では、産廃処理事業の終わりが近づくなかで処分地をどのように「原状回復」するか、あらためて議論がなされるようになっていたように思います。

このように状況を整理するなかで、「瀬戸内海国立公園とはそもそもどのような場所・空間なのか?」という問いが浮かびました。

日本の国立公園は「利用・開発」と「自然・風景保護」の葛藤を抱えてきた歴史があります。人々はどのように風景を認識し、自然保護を考え、その一方で開発を試みたのか。このことをあらためて考える必要があるのではないかと考えています。

そして、豊島の産廃問題を単なる「廃棄物の問題や公害被害」として捉えるだけではなく、「近現代日本の空間開発の問題」として捉えることを構想しています(※)。

  • 参考(※):馬渡玲欧,2024,「廃棄物処分地の「原状回復」をめぐる国立公園の位置づけ」『人間文化研究所年報』19: 32-36.

馬渡先生 また、昨年度に非常勤でお世話になった岡山大学では、瀬戸内国際芸術祭をめぐる移住やオーバーツーリズム等についても調べていました。いつかこうしたことを踏まえて、自分なりの「瀬戸内海」論がまとまると良いなと考えています。

教えるときに大切にしていること

──研究・教育に向き合うとき、大切にしていることについて教えてください。

馬渡先生 社会調査実習に限って言えば、学生たちは多くの時間を費やして実習を行っています。それは、世間でよく言われる「コストパフォーマンス」「タイムパフォーマンス」が高いとは言えないかもしれません。

だからこそ、実習の結果としてひとまず提示する知見においては、実習をする前からすでにわかっていることを繰り返すだけでおしまいにならないような、一歩先を行く知見の提示が重要になるように思います。

馬渡先生

例えば「問題の解決にはひとりひとりのこころがけが重要である」といったような、あまり具体的ではない提案にとどまってしまわないように高みを目指そう、ということですね。

言うのは簡単ですが、そのためにはどうすれば良いかと、私自身も日々試行錯誤を繰り返しています。

ただ、学生時代に一度はこのような、一足飛びに結論を出さず一つのことについてこだわりぬいた経験があっても良いのではないでしょうか。

卒業論文など他の問題を考える際でも通用するような、基本的なリサーチ能力を身に着けることができると思いますし、自分が社会の一員であること、そして、自分とは異なる他者や社会があることを認識する経験にもなりますので。

他者や社会、さらに自分自身のあり方や考え方を尊重しつつ、それらと誠実に向き合うにはどうすればいいか。実習が、そういったことを考えるきっかけになればと思います。

これからやってみたいこと

──これから取り組みたいと考えているテーマや活動について教えてください。

馬渡先生 2024年度の社会調査実習では、ラムサール条約(1971年制定。正式名称「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」)にも登録された藤前(ふじまえ)干潟の歴史について取り上げます。

藤前干潟(愛知県名古屋市)

馬渡先生 藤前干潟は名古屋港周辺に位置する渡り鳥の飛来地であり、また多様な生物が生息している場所です。かつては、ごみ処分場埋め立て計画をめぐって市民運動が展開された場所でもあります。さらに現在は、海洋プラスチックごみ問題も発生しています。

現状としては、藤前干潟の維持や管理、周辺の清掃活動にどのようなアクター(個人、団体など)がどのように関わっているか、ラムサール条約登録以降、藤前干潟にかかわる新聞報道や資料を整理したり、学生たちと関連書籍などを読み込んだりしながら情報収集をしている段階です。

最終的には、藤前干潟のプラスチックごみ問題の現状やその対策をめぐる課題を整理し、提言を示すところまでたどり着ければと考えています。

──貴重なお話をありがとうございました!

名古屋市立大学 人文社会学部・人間文化研究科

〒467‐8501 名古屋市瑞穂区瑞穂町字山の畑1(滝子(山の畑)キャンパス)
TEL:052-872-5808 

この記事の執筆者

吉田 さやか

不動産管理・広告・アパレル・介護等、様々な業種・職種での経験を経て、現在は5歳の娘を育てながらライターとして活動中。北陸育ち、関西7年、首都圏での暮らしは14年目。

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