65年以上の歴史をもつ愛知県蒲郡市の「竹島水族館」。
見上げるほどの大きな水槽はなく、いるだけで注目を集めるイルカやジンベエザメ、シャチなどの大きな生き物もいない、こぢんまりとした水族館です。
一時は人気が低迷し閉館の話が浮上。
しかし、2018年度には竹島水族館史上最高の入館者数の47万人を果たし、SNSやメディアでも多数取り上げられるほど話題になっています。
多くの人を魅了するワケは何なのでしょう?
竹島水族館の魅力に迫るべく、竹島水族館館長の小林龍二さんに話を伺いました。
蒲郡市竹島水族館
館長 小林 龍二 さん
愛知県蒲郡市生まれ。北里大学水産学部(現:海洋生命科学部)を卒業後、Uターンで竹島水族館に就職。前例のないさまざまな改革を繰り返し、入館者数の増加に寄与。2015年に館長に就任してからも、類をみない企画を次々と成功させ、2018年度には竹島水族館史上最高の入館者数47万人を達成した。
大人気の現在とは裏腹に、閉館の危機に瀕した過去も
──竹島水族館のこれまでの歩みを教えていただけますか?
小林龍二館長(以下、小林館長) 1956年に開館し、伊勢湾台風の被害を受けて1962年に現在の愛知県蒲郡市に移転・営業を再開しました。
開館当初は、観光地蒲郡の人気を追い風として年間入館者数が伸長していましたが、平成に入ってからは大型水族館ブームのあおりを受けて次第に入館者数が減っていきました。
平均20万人ほどだった入館者数が、過去最低の12万人まで落ち込んだほどです。
──一時は閉館の危機にもさらされたとか…。
小林館長 そうなんです。それに加え、当時のベテラン職員が退職していく厳しい状況でした。
ですが、私を含め若手職員中心の組織体制に変わっていく過渡期でしたので、さまざまな改革を繰り返し実施しました。
その結果、年間入館者数は徐々に回復し、コロナ前の2018年には過去最高の約47万人を達成しました。現在では、約60個の水槽で約450種類、約5000匹を展示しています。
──V字回復や現在の人気にもつながることかと思いますが、竹島水族館が他の水族館と異なるポイントは何でしょうか?
小林館長 顧客第一主義のアットホームさ、深海生物の展示種類数日本一、担当飼育員が手作りする日本一読まれる解説POP、現場担当者基軸始動です。
──それぞれ詳しくお伺いしたいと思います。
お客様視点から生まれた「さわりんプール」と「まったりうむ」
──「顧客第一主義のアットホームさ」について、具体的に教えていただけますか?
小林館長 竹島水族館は立派な水槽があったり、万人受けするような人気の生き物がいたりする水族館ではありません。
敷地が小さいことに加え、人員や予算も限られています。そのため、大手水族館とは違ったやり方でお客様に楽しんでもらう方法を考える必要がありました。
そういった考え方のもと、とにかくお客様の視点に立つことを大切にしています。お客様からの要望を具現化させた例が「さわりんプール」と「まったりうむ」ですね。
──さわりんプールが実現した経緯を教えてください。
小林館長 さわりんプールの前身である回遊水槽を老朽化にあたり取り壊す際に、常連のお客様たちの声をもとに企画されたのが生き物にさわれる水槽でした。
ふれ合える水槽は他の水族館でも導入が進んでいますが、竹島水族館ではタカアシガニやオオグソクムシなどの深海生物にさわれるのがポイント。さわりんプールでの展示を開始してから、年間入館者数が12万人から20万人まで増加しましたね。
──すごい反響ですね。実際にさわっていかれるお客様の反応はいかがでしょうか?
小林龍二館長 さわっていかれるのはお子さんが多く、最初は怖がられることも多いですが、人によってさまざまな反応をしてくださいますね。おそるおそるタッチしたり、興味津々にタッチしたり。
他にも、カップルの方たちや深海生物マニアの方、お子さんの付き添いで来られた親御さんなど幅広く楽しんでいただいています。
とはいえ、生物の視点に立つとさわられることは負担になります。そのため、ストレスをなるべく抑えた状態を維持できるよう取り入れているのが、野球のピッチャー式ローテーション。
日々展示される個体を交代させているんです。これは深海の水揚げが豊富な蒲郡の水族館だから実現できることであり、他の水族館ではこういったケア方法は難しいと思いますね。
──まったりうむ開設の経緯はどういったものだったのでしょうか?
小林館長 さわりんプールでは、夢中になったお子さんが長い時間深海生物をさわっていくこともあります。
その間、親御さんが手持ち無沙汰になってしまうことも多い。そんな親御さんから「子どもがさわりんプールで遊んでいる間、待てるスペースがほしい」という要望があったことから、まったりうむは実現しました。
少し照明を落としていて、ベンチに座ってメダカやクラゲなどを眺めながら、寛げる空間になっています。
地元漁師との連携により、深海生物の展示種数は日本一!
──竹島水族館は深海生物の展示種類数が日本一とのこと。こちらを実現できる理由について教えていただけますか?
小林館長 蒲郡は昔から深海の漁が盛んで、地元漁師と連携することで100種以上もの多様な深海生物の展示が実現できています。
深海生物というと珍しい印象をもつ方も多いですが、スルメイカやメヒカリなど案外食べられるものも多いんです。
漁師としては、食べられる生き物だけが網に入れば嬉しいでしょうが、海にはさまざまな生き物がいますので、食用ではない変わった生物が獲れることもあります。
漁師にとっては食用でない魚はゴミになってしまいますが、竹島水族館としては逆にそれらが狙い目で、漁師から買い取って展示しています。
──中でも、さわりんプールでも活躍しているタカアシガニの飼育歴が長いそうですね。
小林館長 それは蒲郡でタカアシガニが豊富に水揚げされるからです。蒲郡はタカアシガニの供給源になっており、全国の水族館へはもちろん、海外へ搬出することも珍しくありません。
他の水族館では脚が折れてしまっているタカアシガニを展示していることが多い一方で、竹島水族館では脚やハサミが1本も欠けていない完全体の個体を展示していることもポイントです。
日本一読まれる解説には、飼育員だからこそわかる情報が!
──深海生物と同様、竹島水族館が日本一を誇っている手作りの解説プレート。こちらを始めたきっかけや背景を教えていただけますか?
小林館長 有名な水族館では、大きな水槽の横に立派な解説プレートが展示されていると思いますが、ほとんどの人が最後まで読んでいないことに気が付いたんです。最後まで読んでいたとしても、出口で聞くと解説内容を覚えていない。
当時、解説プレートを外注する費用すらなかった背景も相まって、解説は画用紙で自作し始めました。「最後まで読んでもらうにはどうしたら良いか」とお客様の反応を見ながら試行錯誤する日々。その結果、「日本一解説が読まれる水族館」として紹介されるようにまでなりました。
──読まれる解説プレートにするために、どういった点を意識しているのでしょうか?
小林館長 たくさん文字を書かないこと、うますぎる絵は描かないこと、図鑑に載っている情報は書かないこと、などですかね。
──うますぎる絵を描かないというのが気になりましたが…。
小林館長 上手な絵を載せるなら、究極的には写真を載せたらいいという話になる。
上手な絵よりも、下手な人が一生懸命描いたぎこちない絵の方が、親近感があるし見る人が惹かれると思うんです。なので、あえてユルい感じの絵にしています。
──なるほど!面白いですね。解説プレートは誰が書いているのでしょうか?
小林館長 基本的にその生き物の担当者が書き、上司は校正しないようにしています。
これは私が若手時代に上司からの校正を受けて、自分が表現したかった内容とは全く違う、堅苦しくつまらない内容に修正させられた悲しい思いが基となっています。
──飼育員の方々を信頼されているんですね。
小林館長 冒頭に申し上げた「現場担当者基軸始動」にもあたります。
担当者は、自分の担当する生物のことを一番よく観察していますから、竹島水族館にいる生物がどのように過ごしているかという情報であれば、現場担当者が一番わかっている。
それに、図鑑に載っているような学術的な情報よりも、担当者だからこそわかる「いまこの魚がこの魚をいじめていて大変なんです」といった情報の方が、お客様も興味を持ってくれると思うんですよね。
これからも竹島水族館に来たお客様を幸せにしたい
──竹島水族館の今後の目標を教えていただけますか。
小林館長 2024年4月に第一期リニューアルオープン、7月に第二期リニューアルオープンが控えています。
第一期では、現館内にある水槽の仕組みを変える改修を。第二期では、竹島水族館の隣の建物の改修増築を行い、人気の哺乳類などの新しい展示をはじめます。
それらのリニューアルを成功させて、お客様や地域をより幸せにしていけたら良いですね。
──お客様を幸せにしたいという想いは、ずっと持ち続けていたのでしょうか?
小林館長 いえ、魚が好きだから水族館に入社しましたし、はじめはお客様に魚のことをもっと知ってほしい、魚の名前を覚えてもらいたいと思っていましたよ。
ですが、お客様からすると貴重な時間を割いて水族館に行く理由は、魚の名前を知りたいからではない。
「これだけか、つまらなかったな」と帰り際にお客様が言っているのを聞いたときにハッとしました。私たち飼育員がどれだけ魚を好きでも、お客様を楽しませられていない状況だと魚は幸せではないんじゃないかと。
そこから、お客様が楽しめる工夫をしはじめました。結果的に、入館者数も過去最高を更新できましたし、お客様と生き物を幸せにするための考え方が重要なのだと思いますね。
水族館に来たことで、お客様の悩みが晴れたり、困ったことを解決するヒントが得られたり。「人や生き物にもっと優しくしたい」「もっといい人になりたい」といった前向きな気持ちが湧く、あるいは、その足がかりになる水族館にしていきたいですね。
あとがき
竹島水族館の取材を進めると見えてきたのは、ユニークで思わず頬がゆるんでしまう企画の数々。そして、その根底にあるのは、徹底したお客様目線と生き物への際限ない愛情だとわかりました。
取材中「魚のことなら何でもわかるんですけどね。人のこととなると難しい…」と呟いていた小林館長。そう仰るものの、お客様の気持ちを考え抜いた斬新な企画で、多くの人を楽しませてきました。
竹島水族館が多くの人を魅了するワケは、魅力的な展示があること。そしてそれは、お客様と水族館の生物に真心を込めて接する、小林館長をはじめとした飼育員のみなさんがいるからこそ成り立つのだと思いました。
読者のみなさまも、ぜひ一度個性あふれる竹島水族館を訪れ、飼育員の愛情が込められたユニークな展示を体験してみてくださいね。
蒲郡市竹島水族館
1956年に開館した現在日本で4番目に小さい水族館。一時は閉館の危機にもさらされたが、お客様視点のアイデアでV字回復を果たし、2018年には過去最高の入館者数47万人を達成。現在、約60個の水槽で約450種類、約5000匹を展示。そのうち約100種類が地元で水揚げされる深海生物で、この展示種数は日本一を誇る。
〒443-0031 愛知県蒲郡市竹島町1-6
TEL:0533-68-2059
FAX:0533-68-3720
※休館日:毎週火曜日(祝日の場合は翌日が休館)、12月31日